キミ、なっちゅをもらえるかね
2012
五合目まで登ったからには、下りがあるんや。
あたくしたちはこんなところまで登ったのです。
距離およそ24キロメートル。しぬ思いをして3時間以上もかけて登ったその道を、今度は下るのです。信号などひとつもないのです。ひと漕ぎごとに全力を振り絞っていた登りと違い、今度はひと漕ぎもせず一番下まで駆け抜けてゆくことができるのです。
あたくしたちが登っている間も、下りの人たちはたくさんいました。遅い人でも50キロ以上出ている様子なのであり、みんな車と一緒に走っていました。それほどの速度が出てしまうのです。
そしてあたくしは下りが苦手なのです。
早いのがこわいのです。落ちるのもダメです。
つまり、ジェットコースターに乗せるとしにます。
箱根でも草むらにつっこんで後ろからきたサイクリストの人たちに助けてもらったりした。
あたくしはライン取りがへたくそなのである。
あと、ダウンヒルするときはだいたいヒルクライムのあとなのでもう自転車を抑える力が残ってなくて、あらゆる慣性力に敗れ散る状態だということもあります。これはヒルクライムで余力を残せるようになったらきっと改善されるに違いありません。
でも今回は登りで全てを使い果たしてしまいましたので、あたくしにはもうアグレッシブに下る力は残っていません。でもしばらく休憩して、フランクフルト一本分のちからが補給されたので、なんとかいける気がしてきました。
超ホクホクの元走り屋が光っている。
いよいよ、あたくしたちは降りてゆくことにしました。
こんな調子でどこまでも、どこまでも下りが続きます。これはゆるいほう。
ヒトミン「じゃあ、行きましょう~(^^)」
あたくし「っしゃー!」
核弾頭が発射された。
あたくしも必死でついていきます。
体の力を抜くべし。そして視界全体を見るともなく見るべし。己が体は天地自然とひとつであると考えよ。路面に逆らってはならぬ。路面はトモダチ。前後の気配に神経を接続せよ。さすれば山は開かれるであろう。
あたくしは必死でした。
路面のちょっとしたクランクでもミニベロのタイヤだとものすごい衝撃を受けます。バランスを崩せば崖下とか対向車の前とかに放り出されるのです。転倒しただけだってしぬにちがいない
しかし
それにしても
はやすぎる!
サイクルコンピュータを見ると
時速60キロ!
ギャアやばいいいい転んだりしたらしんじゃううううう!
と思って前を見たら
バンザイして爆笑しながら走っていくきちがいがいました。
あれはもうだめだ。
ほうっておこうと思った。
しかしブレーキをかけつつ冷静に状況を分析してみるとスピードが早いのはこわいけどそんな急カーブとかないし、カーブ手前でうしろの状況を確認してしっかり減速すれば十分曲がりきれるので無理についていかないで安心できるペースで走ることにしたのです。
スピードのことは調節できるからいいとして、もうひとつ問題が。実は五合目からのくだりは超寒いのです。ものすごいさむい!止まると暖かいのに走ると超寒いのです。つまり、風があたくしの体温を容赦なく奪っていくうえ、全く漕がないので体がどんどん冷えていってしまうということなのです。ものすごい寒い。歯がなるくらい寒いのです。
「体を暖めないとしんでしまう!」
あたくしはこのままではしぬと思い、必死でヒトミンに追いすがりました。しかしヒトミンはバンザイしたりしつつもカーブでは凄まじいライン取りでシュバッと消えてしまうのです。追いつかない限り気づいてもらうチャンスはカーブの直前でうしろをちらっと見る一瞬だけ。でもあたくしを見ているわけじゃなくてうしろの道路状況を確認しているだけなので全然気づいてもらえません。
あたくしは死ぬ覚悟でおいついた。
ちょうどカーブのないゆるやかな下りに助けられたのです。
しかし、
追いついたヒトミンはもはや人ではなかった。
でも言葉が通じたので休憩できた。
ヒトミンの幸せそうなこと。
「いやーもっと攻めて行きたいですね!」
と、それはもう生き生きとしたホクホクの笑顔でいっていました。
気がつけばもう1合目まで降りてきてしまっていました。あっという間ですあんなに苦労したのに。あんなに!苦労したのに!
考えてみれば時速60キロとか出るくらいなんだから、24キロなんて30分くらいで着いてしまうのです。こんなにゴーッと降りてしまうのはもったいないような気もしました。
あたくしはハンチング帽が飛びそうになったので一度止まって、つばをうしろにしたことがあったのです。そのとき轟音は消え、すごい静かな新緑の中にきれいな鳥の声が響き渡りました。
そうか、こんなすてきなところなのか。
感激したのです。ここに住みたい。
山にハマる人の気もちが少しわかった気がしました。
でも今は寒いんじゃあ!凍結しそうなんじゃあ!
おひさまの下であたたまった石碑に抱きついて体を温めます。
少しして体がポカポカしてきたところで、再び下ります。
もうあとほんのちょっとです。
ブレないヒトミンが再び発射された。
おいけかるのはやめた。
相変わらずまったく漕がずに50キロとか簡単に出てしまうのだけど、下の方まで来たからか寒くありません。
ほどなく
ゴール!
富士山ありがとう!
富士山は大きかった。たくさんのことを教えてくれた。
冗談みたいだ。
来週の日曜日、あたくしたちは「富士の国やまなし 第9回Mt.富士ヒルクライム」レースにいきます。
公式サイトには「99%以上完走できる初心者でも安心のレースです」と書いてあるのだけど、富士スバルラインは思っていたよりずっとハードでした。
時間内に完走できるかしら。
楽しみね。
+ありこ+
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